奥様が墓場まで持っていく黒い過去 Part.6 既婚女性板
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黒い過去
10: 名無しさん@おーぷん 24/10/26(土) 14:23:56 ID:jMlX
幼い頃、ヤの付く人達(祖父が組織と仲良しだった)にかなりお世話になっていたこと。
今じゃとんでもなく非現実的だし、フィクション感覚で見た方が良いかもしれない。
思っていたより長くなってしまった。


・私が銭湯大好きで、母や祖母不在の時も構わず祖父に連れて行ってもらって男風呂に入る程だったんだけど、やっぱりガチ幼女だったから心配した祖父がヤの方に相談したところ、和彫りが派手な組員を複数派遣されて私
の周りを囲んで護衛。当時は刺青あっても「アッ、◯◯様でしたか! どうぞどうぞ」って銭湯ちらほらあった。
ついでに祖父のポケットマネーなど手荷物も護衛配置。
・縁日でテキ屋もやっていたので、屋台を回ると具材とかシロップとか大量に乗せてタダで食べさせてくれて、ゲーム機の景品とかも欲しかったものは屋台撤収後にくれた。
・祖母不在且つ祖父が急に仕事で外さないといけなくなった時はセーフティーハウス?みたいな家で時間の合った幹部と奥様が直々にシッター。まだ着色していない彫り途中の背中で塗り絵とかさせてもらった。
・祖父と幹部が麻雀打ってる卓に構ってほしくて突撃すると、私が大好きで愛飲していたお高い蜂蜜や好きでよく食べていたお高いお菓子を若い衆的な立場の人に幹部が財布渡して買いに行かせる(物の価値や値段を理解す
る年齢になって、幼少期に献上してもらっていた物の品名とか値段とか聞いた時はぶったまげた)。
・経理をやっていた人や、アメリカの組織と外交経験のある外国語話者には私が興味を示した勉強を教えてもらった。

私の年齢が二桁を超えたあたりから法も厳しくなって徐々に疎遠になり、成人した時にお祝いのヴィンテージ?のボトルを送ってもらって以降交流は無い。
御礼とかしたかったけど情報が漏れる懸念もあっただろうし、此方からコンタクトは取れないまま一方的に渡された。
誕生日が来る度に一杯だけ飲んで、もう中身がないけど空き瓶は大事に保管してる。

反社大嫌いな夫が最近故郷の組織が暴走気味なのを憂いているのを見て、幼少期を思い出してちょっと感傷的になって、思い出に浸りがてらこっそり残したくなった。
反社を肯定する気は無いし、云わば国の暗部みたいな所もあるだろうから無くなれば良いとも思う。
ただ個人的な思い出としての記憶は胸の中にしまって、墓場に持って行って、骨壷の中でも抱き締めていたい。

11: 名無しさん@おーぷん 24/10/26(土) 15:39:51 ID:0XOO
よく似た境遇の人っているもんなんだね
うちは父がそっちの人達に「先生」と呼ばれていたので、自分も良くしてもらってた
銭湯?温泉もその組関係のスナックやクラブのおねえさん達が面倒見てくれて、お風呂上りに買ってもらうアイスが楽しみだった
若い衆も何かで出かけたからとお土産と言ってCDプレーヤーやぬいぐるみ等たくさんくれた
中でもCDプレーヤーをくれたお兄さんは肩車してくれたり、海水浴に連れて行ってくれたり可愛がってくれた
小学校の中学年くらいになると地域がドタバタし始め父も組の仕事をしなくなった
そしてしばらくして、お兄さんの訃報を聞いた
そういうことなんだ…と変に納得してしまった自分に自分でも驚いたよ
大人になって、実家に帰省した時に丁度組長の葬儀をやっていて、そこの前を通りかかったら黒い集団にお辞儀された
会釈して通り過ぎたけど、お悔やみに行った方が良かったのか、今でもわからない