何を書いても構いませんので@生活板132
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何を書いても構いませんので
268:名無しさん@おーぷん 23/06/24(土) 12:19:24 ID:CJ.zx.L1
世の中には天才は努力せずすごいことができる人、努力家は天才ではない、みたいなイメージがある気がする
漫画とかでは一流のキャラは「大した努力をしない天才」と「才能はいまいちだが猛烈な努力をする努力の天才」みたいな分け方をしてることが多いし
でも実際の天才たち(将棋の羽生永世名人や藤井七冠とか、野球のイチローとか大谷翔平とか)って人並み外れたものすごい努力家でもあるんだよな
でも彼らを「才能はないがものすごい努力でカバーした人」だと思う人はまずいないと思う
彼らは「天才でありながらものすごい努力もしてる人」というのが正しいだろうな


以前少し話題になった一万時間の法則を出した人たちの努力と才能のどちらが重要かって研究によると
・能力を伸ばすには努力のほうが重要
・ただし人並み外れた努力ができるには遺伝的な才能がとても重要
・どんな分野でもトップクラスの連中は才能と努力を両立してる。片方だけじゃトップになるのは難しい
という身も蓋もない内容だった
1万時間の法則も実際には「どんなにすごい才能の持ち主でも一流になるには最低1万時間の練習が必要。才能の少ない人はもっとたくさんの練習時間が必要」が正しくて、
「才能がない人でも1万時間練習すれば一流になれる」ではない、ということだった

269:名無しさん@おーぷん 23/06/24(土) 13:10:44 ID:Oc.yw.L24
もともとは「エキスパート(熟練者)になる」という話だったのが
どこかで「一流になれる」に変異したのだと思う
そして「一流」という前提の話にしてしまったために
才能の有る無しについても0か100かな極端な話になってしまった

例えば料理で言うなら
レシピと首っ引きでどうにか料理を作れるくらいの状態ですごく美味しいという訳でもなかったが
本人は料理を作ることが好きだったからずっと作り続けていたら
いつしか美味しく作れるようになったしたまには人からレシピをねだられるくらいになった

そういう話でも本来の一万時間の努力の法則は含まれてるんじゃないのかなと思う

270:名無しさん@おーぷん 23/06/24(土) 13:14:26 ID:Oc.yw.L24
もちろん「努力」だから
才能がそんなにない人が「何の知識の蓄積もせず工夫もせず嫌々やっつけでやる」という状況では
時間だけを無駄にして何者にもなれないということはあると思うわ

293:名無しさん@おーぷん 23/06/24(土) 21:40:57 ID:CJ.zx.L1
>>270
俺は子供のころからピアノと絵をやってたけど、楽しみながらやってても全然上達しない人もいっぱいいたよ
純粋なエンジョイ勢というか、楽しめたら上手くなれなくてもそれでいいじゃんって感じで本人は楽しそうにやってたけど上達はほとんどしない
じゃあ練習の量が少ないのかって言うと曲数はいっぱい覚えてるし絵も大量に描いてるので数はこなしてるのは分かる
でも技術は全然進歩しない
なので嫌々ではなく楽しみながらでも向上心がなければ数をこなしても成長するとは限らないと思う
とはいえ、あくまでも趣味なので別にそれはそれで全然かまわないけども
俺も正直練習のわりに成長速度はかなり遅いほうだったし

294:名無しさん@おーぷん 23/06/24(土) 21:54:34 ID:Oc.yw.L24
>>293
楽しい人は向上心がなくてもかならず成長できると書いたつもりはなかったよ
努力については>>270のとおり
そして天才や一流という枠ではなく熟練に関しては努力が必要で
「天才的に才能がある」という人ではなくても好きでやっている人は
努力を苦としないから努力し続けることができる
その相乗効果で一万時間の法則が活きるし熟練することはできるって意味だよ
全然上達しないと言っても一万時間練習して一曲も弾ける曲がないまま終わることはないのよ

世の中には才能の有る無しをまず大前提に語って「努力しても無駄」という判定を先に下したがる人や
一万時間の努力に見合う見返りをスタープレイヤーのように考える風潮があると思う
でも本来の一万時間の努力の法則はそういう保証ではなく
一万時間努力して熟練した者の中に
飛び抜けた才能を持つ者がいて世界に無二のスタープレイヤーになるんだっていう話しだと思うんだ